何が始まったのか

DHUは8月3日、2026年7月に「現実科学研究所(Reality Science Institute)」を開設したと発表しました。設置場所は大学内で、学長直轄。所長も藤井学長が務めます。

中核に置かれる「現実科学」は、藤井学長が提唱する考え方です。大学の説明では、個々人の脳によって構築される現実を科学し、豊かさをつくる学問とされています。また、固定された前提や境界を意識的に組み直すことを「現実編集」と呼び、それを誰もが学び実践できるようにすることを研究所の目標に掲げています。

ここは注意が必要です。「現実科学」は、すでに広く確立した学問分野の一般名称として紹介されているわけではありません。現時点では藤井学長が提唱し、DHUが研究・教育・社会実装の軸として育てようとしている概念です。本記事でも、その位置づけを区別して扱います。

「研究・実装・教育・発信」を一つに回す

研究所が掲げる機能は、研究、実装、教育、発信の4つです。さらに、研究で得た知を社会に実装し、実装から得た知見を学びや次の研究へ戻す「知の循環」を目指すとしています。

大学では、研究は研究室や研究所、企業との共同研究は産学連携部署、授業は学部・研究科、広報は広報部門というように、機能ごとに担当が分かれることが少なくありません。それぞれに専門性が必要である一方、成果が部門間を移るまでに時間がかかることがあります。

今回の構想は、その間を最初からつなぐ発想です。たとえば企業や行政と行った実証から新しい研究課題が生まれ、その結果を授業や教育プログラムへ取り込み、学生や外部参加者からの反応がさらに次の研究へ戻る。こうした循環が実際に機能すれば、研究所は論文や研究成果を蓄積するだけでなく、大学と社会の接点を継続的につくる装置になります。

4つの旗艦プロジェクトが示すもの

立ち上げ時には、4つの旗艦プロジェクトが示されています。

  • 能動的セキュリティ学:日本のサイバーセキュリティ研究のハブ構築
  • デジタルヘルス学会のリブート:医療サービスの提供者と受容者の境界の見直し
  • 雨ニモマケズ高等学校との高大連携:10代へのレジリエンス教育
  • シンギュラボ連携:創発コミュニティと研究知の接合

対象はサイバーセキュリティ、医療、高校教育、コミュニティと大きく異なります。共通しているのは、一つの学問領域だけで完結させず、研究と実践の境界を動かそうとしていることです。

なお、雨ニモマケズ高等学校は発表時点で設置認可申請中で、2027年4月の開校予定とされています。計画段階の内容を、すでに確定した教育連携の成果として読むべきではありません。

学長直轄であることの意味

DHUでは2026年4月1日、藤井直敬氏が第2代学長に就任しました。創立以来初めての学長交代です。その約3か月後には、学生・教職員向けオンライン診療を使った「デジタルメディカル」の実証実験が始まり、続いて現実科学研究所が開設されました。

これらの発表からは、新学長の問題意識を、既存組織の一部門だけに任せず、学長自身を起点に実証へ移す姿勢が見えます。学長直轄には、学部や部署をまたぐテーマの意思決定を速めやすい利点があります。特に、研究、学生支援、企業連携、広報など複数部門が関わるテーマでは、責任者が明確であることは推進力になり得ます。

一方で、学長直轄であれば自動的に成功するわけではありません。トップの任期や関心が変わっても継続できる予算、人員、審査、成果評価の仕組みが必要です。スピードを上げることと、学内での合意形成や研究倫理、利益相反、情報管理を省略することは別です。

大学の研究所が「共同研究の入口」になる

企業や行政から見ると、大学との連携で最初につまずきやすいのは「誰に相談すればよいか」が分からないことです。研究者個人へ直接連絡する方法もありますが、テーマが複数分野にまたがる場合、研究者探索、契約、知的財産、倫理審査、実証場所の確保まで別々に調整する必要があります。

研究所が産官学連携の実験場として機能すれば、特定研究室だけでは扱いにくい課題を持ち込み、必要な専門家やクリエイターを組み合わせる入口になれます。これは大学側にとっても、共同研究を「研究者と企業の一対一」から「課題に応じてチームを組む」形へ広げる可能性があります。

ただし、看板となる窓口だけをつくっても、契約や知財、研究倫理、予算執行、広報などの実務が追いつかなければ案件は止まります。表に見える研究所と、裏側で動く大学事務・専門職の連携まで設計できるかが重要です。

「社会実装」を教育へ戻せるか

研究所は教育プログラムも機能の一つに掲げています。ここが実現すれば、学生にとっての意味も大きくなります。研究成果が社会でどう使われ、どこで想定外の問題が起き、企業や行政が何を判断したのかまで学びの材料になるからです。

大学の強みは、実務だけを教えることでも、理論だけを教えることでもありません。実社会で起きた問題を研究の問いに変え、研究で得た知見をまた実社会へ返す往復を教育に組み込めることです。研究所がこの往復を担えるなら、授業と研究と産学連携の境界は今より薄くなります。

現時点では、どの授業や学生がどのプロジェクトへ参加するのか、教育プログラムの具体像はまだ十分に公表されていません。今後は、研究所の活動が正課教育へどう接続されるかを見る必要があります。

反対面、限界、まだ分からないこと

研究所を新設したこと自体は成果ではありません。共同研究やプロジェクトが何件生まれたかだけでなく、外部パートナーが継続して参加するか、実装から新しい研究が生まれたか、教育へ還元されたかまで追わなければ、「知の循環」が実際に起きたとは判断できません。

また、領域横断を掲げる組織は、責任の所在が曖昧になりやすい面もあります。研究成果の質を誰が評価するのか、プロジェクトごとの研究倫理や利益相反をどう管理するのか、企業との成果配分をどう決めるのか。横断性が高いほど、運営ルールの明確さが必要です。

そして「現実科学」という概念が、DHU固有の理念にとどまるのか、研究成果や教育方法を通じて外部の研究者・組織にも共有される枠組みになるのかは、これからです。名称の新しさより、再現可能な研究成果や教育実践が積み重なるかを見たいところです。

用語メモ

現実科学/現実編集

DHUの説明では、「現実科学」は藤井直敬学長が提唱する、個々人の脳によって構築される現実を科学し、豊かさをつくる学問です。「現実編集」は、固定された前提や境界を意識的に組み直す技術として説明されています。本記事では、いずれも研究所が掲げる概念として使用しています。

編集部の確認ポイント

  • 確定していること:DHUは2026年7月、学長直轄の「現実科学研究所」を開設した。
  • 組織上の特徴:研究・実装・教育・発信の4機能を一体で回し、企業・行政・クリエイターを含む産官学連携の場を目指している。
  • 今後見ること:共同研究の継続性、教育への接続、研究成果、外部資金、ガバナンスが「知の循環」として実際に機能するか。