大学の未来新潟大学が「年間60万時間」を取り戻す計画――大学は時間を経営できるか
この取り組みの核心は、教職員の忙しさを個人の工夫や残業で解決せず、会議、手続き、情報共有、業務分担などの構造を変えようとしていることだ。成否は、集まった提案を制度変更につなげ、「生まれた時間」を客観的に測れるかで決まる。
更新 2026/08/248分で読める
大学が不足しているのは、お金や人材だけではない。研究、授業改善、学生支援、地域との共創に向き合う「時間」も、重要な経営資源だ。
新潟大学が掲げたのは、2030年度までに教職員全体で年間60万時間の創造時間を生み出すという目標である。ただし、60万時間をすでに削減・確保したわけではない。現時点で公表されているのは目標と、現場の課題を集める最初の仕組みだ。
10秒で結論
この記事のポイント
- 新潟大学は、2030年度までに年間60万時間の「創造時間」を生み出す目標を掲げた。
- 第一段階として、教職員から困りごと・改善案・好事例を匿名で集める「TC-Post」を開設した。
- 目標の算定根拠、現在の基準値、実施施策、評価方法はまだ公表されていない。
何が起きた・決まったのか
新潟大学は「創造的活動時間創出プロジェクト」を開始した。大学がいう創造時間とは、研究だけを指すものではない。教育、人材育成、地域共創、大学運営など、教職員が専門性や能力を発揮する活動に使う時間を含む。
プロジェクトを担当するタスクフォースは「TCタスク」と呼ばれている。今回開設されたTC-Postでは、会議、手続き、情報共有、業務分担などについて、困りごと、改善案、時間創出につながった好事例を匿名で投稿できる。第1回の募集締切は2026年9月30日である。
重要なのは、投稿フォームの開設自体ではなく、大学が時間不足を「個人の努力の問題ではなく、業務や組織の構造に関わる課題」と明記した点だ。
背景と社会的な意味
新潟大学は、地域中核・特色ある研究大学強化促進事業「J-PEAKS」の採択大学である。J-PEAKSは、研究活動の国際展開や社会実装を進めるため、研究大学の経営戦略と環境整備を支援する制度だ。
新潟大学は10年後のビジョンとして、「脳といのち」「食と健康」を重点研究領域に掲げている。同時に、高度専門人材と事務職が連動し、教学と経営を分離しながら協働する職場づくりも目標にしている。新潟大学の事業概要には、学長直轄の研究力強化推進本部と統合IRを活用して、研究資源や人材資源を配分する方針も示されている。
研究拠点を設けても、教職員が会議、重複入力、複雑な決裁、問い合わせ対応に追われれば、研究や教育に使える時間は増えない。今回のプロジェクトは、研究力強化を新しい施設や研究費だけでなく、日々の仕事の設計から捉え直す試みといえる。
反対面、限界、まだ分からないこと
現時点の公式発表だけでは、年間60万時間の算定根拠は分からない。対象となる教職員数、1人当たりの想定時間、現在の業務時間、基準年度も示されていない。
また、匿名投稿には、立場を気にせず課題を挙げられる利点がある一方、背景事情の確認や改善案の具体化が難しい場合がある。投稿件数が多いことと、重要な課題を特定できることも同じではない。
「創造時間」の範囲が広い点にも注意が必要だ。研究、教育、地域共創、大学運営をすべて含める場合、何をもって創造時間が増えたと判断するのか、共通の測定方法をつくるのは簡単ではない。
編集部の確認ポイント
- 年間60万時間の基準年度、算定式、対象人数
- 「創造時間」の測定方法
- TCタスクの権限、構成員、意思決定経路
- 投稿後の選定基準、実施期限、結果公表の有無
- 創出時間から新たな作業時間を差し引くか
- 部局・職種別の負担移転を検証するか
- 教育、学生支援、研究倫理など守るべき業務の基準
このニュースの先に、何がある?未来を読む
近い将来の焦点は、9月30日の第1回締切後に何が起きるかだ。寄せられた意見が単なる要望集で終わらず、複数部局に共通する会議、手続き、情報共有の問題として整理されるかが最初の分岐点になる。改善対象、責任部署、期限、効果測定の方法が示されれば、プロジェクトは実行段階に入ったと判断できる。
1〜2年程度では、会議の統廃合、決裁経路の短縮、同一情報の重複入力廃止、共通業務の集約、研究支援人材への役割移管などが候補になる。観測すべき指標は、会議時間、申請に必要な入力項目や承認段階、手続きの処理日数、時間外労働、研究・教育に使う時間の割合だ。
2030年度に向けては、創出した時間が本当に研究成果、授業改善、学生支援、地域共創へ振り向けられたかが問われる。論文数など一つの成果指標だけではなく、共同研究の立ち上げ期間、学生相談への対応、外部資金申請、研究者・職員の満足度や離職状況など、複数の指標で確認する必要がある。
成功すれば、大学経営は「仕事を増やして成果を出す」発想から、「優先順位を決め、やめる仕事を選び、専門性を発揮できる時間をつくる」発想へ変わる。一方、数値目標を達成するために必要な支援業務まで削れば、教育・研究の質やコンプライアンスを損なう可能性がある。削減量だけでなく、守るべき仕事を明確にすることが重要だ。
現場を知る視点で読み解く大学の内側から
大学の業務改革は、一般企業よりも調整が複雑になりやすい面がある。学部、大学院、研究所、病院、本部などがそれぞれ異なる役割と規程を持ち、教員と職員でも仕事の進め方や責任範囲が違うからだ。ある部署で不要に見える確認作業が、別の部署では会計監査、研究倫理、学生保護のために必要ということもある。
TC-Postに寄せられた意見を改革へつなげるには、まず提案を「廃止できる業務」「重複を統合できる業務」「システム化できる業務」「人員や権限の再配分が必要な業務」に分類する必要がある。その後、担当部署と影響を受ける部局がリスクを確認し、規程や決裁経路を変更し、試行結果を測定することになる。
ここで生じるのが調整コストだ。新システムの導入、データ移行、規程改定、職員研修は、短期的にはむしろ仕事を増やす。また、本部の作業を減らした結果、その負担が学部や個々の教員へ移るだけでは、大学全体の時間は増えない。
意思決定を担う本部、改善を実施する部署、影響を受ける教職員を分けて考え、「誰の時間が、何時間減り、誰に新たな作業が発生したか」を追跡する必要がある。年間60万時間が実質的な成果になるかは、削減時間の総量だけでなく、負担の移転や新たに発生した管理作業を差し引いた純増時間で評価できるかにかかっている。
読者別に解説
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大学生・大学院生のあなたへ業務改革は、履修、奨学金、研究費、相談窓口などの対応速度に影響する可能性がある。手続きが簡略化される場合も、相談先や例外対応が失われていないかを確認することが大切だ。
主な一次資料
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