何が公表されたのか

文科省によると、東京大学の2025年度決算では、現金・預金1,262億円を含む資産が1兆5,217億円ありました。損益計算上は赤字でしたが、キャッシュフロー計算書は25億円の黒字で、年度末には利益剰余金1,546億円、寄附金861億円を有していました。

そのため、文科省は単年度赤字が直ちに資金ショートや企業でいう倒産へつながる状況ではないと整理しています。同時に、東京大学が2026年度当初から44億円の赤字を前提に予算を組んだことには『なお経営努力が必要』としました。安心材料と警告が同じ資料に置かれている点が重要です。

「赤字」と「現金不足」は同じではない

国立大学法人の損益計算には、設備の減価償却のようにその年度に現金が出ていかない費用も含まれます。逆に、寄附金は受け入れた時点で全額が収益になるとは限りません。このため、損益計算書が赤字でも、現金収支は黒字ということが起こります。文科省は2025年度に12の国立大学法人が損益計算上の赤字だったとも説明しました。

さらに、大学の預金や寄附金には使途が決められたものがあります。帳簿上の残高が大きくても、光熱費や恒常的な人件費へ自由に回せるとは限りません。反対に、建物や設備のような資産が大きくても、日々の支払いにそのまま使えるわけではありません。『いくら持っているか』だけでなく、『いつ、何に使える資金か』を見る必要があります。

それでも構造問題は残る

今回の説明で否定されたのは、直ちに倒産するという見方と、研究者削減が決定済みだという見方です。人件費、物価、光熱費、研究機器の価格が上がる一方、教育研究や病院、施設を維持する固定費は簡単には下げられません。赤字が繰り返され、自由に使える資金が減れば、将来の採用、設備更新、若手支援にしわ寄せが出る可能性は残ります。

文科省は2025年度補正と2026年度当初を合わせ、国立大学法人運営費交付金を前年比609億円増額し、東京大学には37億円を措置したとしています。それでも44億円の赤字予算が組まれたという事実は、追加支援だけで全ての圧力が消えるわけではないことを示します。大学側の収入拡大や業務改革と、公的投資の水準を同時に議論する必要があります。

大学経営で起きる優先順位の衝突

大学は、授業、基礎研究、病院、学生支援、国際連携、施設保全など、短期の採算だけでは切れない機能を抱えています。収益を増やすための共同研究や寄附獲得にも、契約、知財、研究倫理、広報を担う人材と先行投資が必要です。『稼げる研究へ集中すればよい』という単純な処方箋では、大学が担う公共的な役割を損なうおそれがあります。

一方で、公共性を理由に全ての既存組織や業務を維持すればよいわけでもありません。教育研究組織の見直し、事務の標準化、施設の集約、意思決定の迅速化は避けて通れません。問われるのは削減額ではなく、何を守り、何を変え、その判断を学生・教職員・社会へどう説明するかです。

反対面、限界、まだ分からないこと

文科省資料は1ページの見解であり、東京大学の将来収支を詳細に検証した監査報告ではありません。利益剰余金や寄附金のうち自由度の高い部分、部局別の収支、施設更新に必要な将来支出までは示されていません。44億円赤字が一時的な投資によるものか、毎年度続く構造的な不足かも、単年の数字だけでは判断できません。

また、研究者削減が『決まっていない』ことと、今後も雇用や採用に影響が出ないことは同じではありません。今後は複数年度の資金見通し、常勤・有期雇用の推移、設備更新、学生支援の水準を継続して見る必要があります。

用語メモ

損益とキャッシュフロー

損益は一定期間の収益と費用の差、キャッシュフローは実際の現金の出入りを表します。減価償却や寄附金の会計処理などにより、両者は一致しないことがあります。

編集部の確認ポイント

  • 確定していること:東京大学は2026年度に44億円の赤字を前提とした予算を策定している。
  • 誤解しないこと:2025年度は損益上赤字でもキャッシュフローは25億円の黒字で、研究者削減は決定されていない。
  • 今後見ること:自由に使える資金、複数年度の収支、人員・施設更新、教育研究への影響がどう推移するか。